大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和40年(あ)399号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人らを各懲役三月に処する。

ただし、被告人らに対しいずれも本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

第一審および原審における訴訟費用は、全部被告人らの連帯負担とする。

理由

被告人らの上告趣意第一、三、四点(同補充を含む。)、弁護人東城守一、同鈴木紀男、同栂野泰二、同後藤昌次郎、同小谷野三郎、同仲田晋、同村野信夫の上告趣意(以下、弁護人東城守一外六名の上告趣意と表示する。)序論、第一〇、一一点(同補充を含む。)、同大蔵敏彦、同伊藤公、同松崎勝一、同海野普吉、同伊達秋雄の上告趣意(以下、弁護人大蔵敏彦外四名の上告趣意と表示する。)第二、三、七点(弁護人大蔵敏彦、同伊藤公、同松崎勝一の昭和四〇年五月一五日付補充を含む。)について。

所論のうち、事実誤認ひいては憲法違反を主張する点については、これを要約すれば、点検活動は、組合活動の一環として憲法によって是認されるべきものであるところ、被告人らの本件安西郵便局事務室への立入は、点検活動を目的とする正当な行為であって、いわば憲法にもとづく権利の行使である。したがって、安西郵便局長は、被告人らに対しその立入を拒否し得ないものであり、被告人らの右立入行為は、住居侵入罪に当らないとの主張を骨子とするものである。そこで、当裁判所は、まず、この点について判断をする。

(1) 憲法二八条は、勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障している。本条の労働基本権保障の狙いは、憲法二七条の定めるところにより勤労の権利および勤労条件を保障することと相俟って、経済上劣位に立つ勤労者をして使用者との間に実質的な自由と平等とを確保することにあることは、昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決の明らかにするところである。そして右判決の趣旨に照らせば、所論の点検活動は、労働条件に関する事項について法規や協約の違反その他取扱上不備の点がないかどうか、不当労働行為がないかどうかについて調査点検し、当該職場管理者との交渉を通じて、その是正改良を求めることを目的とするというのであるから、そのかぎりでは、憲法二八条の労働基本権の範囲を逸脱するものとはいえない。しかし、この目的のもとに実施される活動のすべてが、ただちに同条の労働基本権の行使の名のもとに合法化されるわけではない。

(2) 本件立入行為の目的について審究すると、当裁判所は、第一審裁判所および原裁判所において取り調べた証拠を仔細に検討し、とくに、第一審判決理由冒頭の「被告人らの地位及び事件発生に至るまでのいきさつ」の項にそう事実および第一審判決が確定し原判決が支持した本件暴力行為の事実等に照らし、被告人らが、安西郵便局に赴き、同局事務室に立ち入った動機・目的は、一審判決の認めるように、所論全逓本部の闘争指令にもとづく点検活動を実施するというにあったことを認めるにやぶさかではないが(もっとも、当日の点検実施が組合機関の正式な決定によるものであったか否かについては、記録上疑いが存する。)、それと同時に、石川正雄ほか三名の同郵便局員らが全逓を脱退したことに対して、同郵便局長伊藤淳平を主目標とし、あわせて右局員らに報復的な威迫を加え、いやがらせをすることにあったことをも認めざるを得ないのであり、むしろ当面の目的は、後者に重きを置いていたものであることが窺われる。この点について、右の目的のうちの一方のみをその専らの目的ないしは主要な目的であるとする見方には、にわかに左袒することができない。

(3) つぎに、住居侵入罪の成否について判断をする。おもうに、点検活動を目的とするからといって、どのような事情のもとでも、常に立入行為が許されるわけではないとともに、また、管理者が拒否するからといって、一切の立入行為が許されないものとなるわけでもない。点検活動を目的とする者が郵便局長の拒否にもかかわらず局舎事務室へ立ち入った行為が、住居侵入罪を構成するか否かの判断をするためには、立ち入る側とそれを拒否する側との双方について、それぞれの具体的動機とその行為の態様とを相関的に考量する必要がある。

そこで、前記証拠にもとづき、被告人らの立入行為の態様と安西郵便局長伊藤淳平の拒否の行為の動機・態様とについて審究すると、まず、伊藤局長は、かねてより同人が特定郵便局従業員の全逓脱退と全国特定郵便局従業員組合加入の運動を強力に支援していたため、全逓静岡地区本部側から指弾の的とされていたばかりでなく、自局の労務管理の面にも点検の対象としてとり上げられる点があることを熟知しており、とくに、被告人らを含む同地区本部役員らの前日来の動向によって、右役員らがこれらの問題を追求するために当日来局することを不快の念をもって予期していたものであることが推認される。はたして被告人らは、点検と前記威迫、いやがらせ等とを目的として同郵便局に赴き、ただちに同局舎公衆溜りを経て、事務室への入口となっている公衆電話室を通り抜け、右事務室へ足を踏み入れたのであって、これを見た同局長は自席から離れ、同室内の入口近くで両手を拡げ、立ち塞がるようにして被告人らの立入を阻止したところ、被告人らはその手を払いのけ、その胸を衝いて同人を押しのけながら入室したというのである。同局長は、第一次的には、郵便局長として、郵便業務の正常な運行を確保する責務を有するものであるが、このように組合の役員が面会・交渉を求めた来たと認められる場合には、労務管理者として、その交渉内容の重要さの度合を考慮し、かつ、それが実際に業務の停廃を来たさないかどうかを勘案して、事実上可能な限度でその交渉に応ずべきものといわなければならない(なお、被告人らは、組合機関として同郵便局に対して点検活動をする適格があったか否かについては、当時郵政省と全逓本部とが所論のように交渉状態になく、また、被告人らは協約上安西郵便局に対応する組合の機関に当らないので、ただちに、これを肯定することに疑問の余地があるが、勤労者の団結権・団体交渉権等を保障する憲法二八条の精神と当時の職場の実情とにかんがみると、被告人らの組合機関たる地位と安西郵便局との間に組織や地区について本件程度の近い関連があれば、安西郵便局長は不適格を理由として交渉を拒否し得ないと解すべきである。)。このような観点から、伊藤局長が被告人らの入室を拒否したことの当否について判断をする。まず、その手がかりとして、同局長がどのような拒絶の仕方をしたかを、第一審判決および原判決挙示の証拠にもとづいて確かめるならば、立入を阻止した際に同局長がなした発言は、第一審公判調書中証人伊藤淳平、同加藤節子の各供述記載によれば「入っては困る、出て行ってくれ」「仕事中ですから外で話をしよう」、被告人鈴木昭司、同三枝四郎の同公判調書中の各供述記載によれば「今お金を数えているので入って貰っては困りますから」「一寸待ってくれ」「仕事の途中だから待ってくれ」というのであり、被告人堀田昭夫の同供述記載も右各供述の内容を裏づけている。このときは、たまたま土曜日の現金取扱事務が締め切られた直後にあたり、同局長は、その机上で自ら現金の集計整理を行なっており、しかも現金収納のため銀行員が来局するのを数分後に控え急を要する客観的な事情にあったのであり、右の発言は、ともかく現金の集計整理が完了するまで、しばらくの間事務室の外で待っていてくれという趣旨であったと解するのが相当である(なお、同局長は、七人もの来局を受けたのであって、この際、言を構えて、被告人らの立入を数分間延引させたところで、とうてい点検を回避することは望み得なかったことがあわせ考えられるべきである。)。そうだとすれば、同事務室の置かれた具体的状況のもとで、立入を受忍することによって予測される業務上の支障と、点検がせいぜい一〇分か二〇分おくれることによって組合側に及ぶ不利益とを勘案すると、同局長が被告人らに対しその立入をしばらく拒否したことには理由がないとはいえない。したがって、同局長の手を払いのけ、その胸を衝いて同室に立入を強行した被告人らの行為は正当な行為とは称しがたく、住居侵入罪を構成するものと判断した原判決の結論は、これを是認せざるを得ない。原判決が、入室拒否の正当性の理由づけをするために挙げた数個の事由のうち、被告人らの立入行為の目的の認定等について当裁判所と事実認定を異にする部分のあることは前叙のとおりであるが、右は、住居侵入罪そのものの成否の結論に影響を及ぼすものではない(なお、本件立入行為の目的の認定に関して憲法二八条違反をいう所論の実質は、結局、事実誤認の主張に帰するものである。)。

つぎの所論のうち、判例違反を主張する点は、引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余の点は、単なる訴訟法違反を前提とする違憲の主張を出でないものであって、いずれも適法な上告理由に当らない。

被告人らの上告趣意第三点、弁護人東城守一外六名の上告趣意第三、四、五、六点(同補充を含む。)、同大蔵敏彦外四名の上告趣意第一点について。

所論は、昭和四〇年法律第六八号による改正前の公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する。)四条三項は違憲法規であり、郵政省が右条項を根拠として昭和三三年七月以来全逓に対し団体交渉を拒否していたことは違憲行為であって、本件点検活動は、この違憲行為に対する対抗手段としてなされたものであるから正当な組合活動である。したがって、原判決が、順次、右条項が違憲であるかどうか、いわゆる団交拒否が違憲であるかどうか、点検活動が憲法二八条の保障する正当な組合活動であるかどうかについて判断をしないで、被告人らを有罪と断定したのは、憲法二八条、三七条違反、判例違反、審理不尽であるとの主張を骨子とするものである。

しかしながら、所論の点検活動は、労働条件に関する事項や不当労働行為の存否を調査点検し、これらの点について是正改良を求めるというその目的からみて、憲法二八条の労働基本権保障の精神にかんがみ正当な組合活動として是認されるべきものであること、かように点検活動が本来正当な組合活動であっても、なお、本件安西郵便局事務室への立入行為が住居侵入罪に当るものであることは、前叙のとおりである。そして、また、右立入後の事務室内における被告人らの行為は、それが憲法二八条にいう団体行動として行なわれたものであるとしても、暴力の行使を伴うゆえにとうてい正当なものといえないことは、すでに当裁判所昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日大法廷判決(刑集三巻六号七七二頁)の判例とするところである(昭和三一年(あ)第一六四九号同三四年四月二八日第三小法廷判決、刑集一三巻四号四六六頁参照)。したがって、被告人らの右行為は、その行為の態様に応じ暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項の罪に当るものであることは明らかであって、これと同趣旨の原判断は相当である。

してみれば、被告人らの本件行為は、前記公労法四条三項、ひいてはいわゆる団交拒否が違憲かどうか、点検活動が憲法二八条のもとに是認されるべき行為であるか否かについての判断の結果の如何にかかわることなく、すでに有罪と断定し得たことが明らかであって、原判決がこれらについて判断をしなかったことになんら審理不尽の違法はないのみならず、所論違憲の主張はその前提を欠き、また、判例違反の主張は、所論引用の各判例は事案を異にし本件に適切でなく、所論は、いずれも適法な上告理由に当らない。

弁護人東城守一外六名の上告趣意第一、二、七点(右補充を含む。)、同大蔵敏彦外四名の上告趣意第四点について。

所論は、憲法二八条違反、判例違反、法令違反を主張するが、その要旨は、原判決がその理由中に「およそ労働組合の団体行動に属する行為は、それが労働条件の維持改善その他労働者の経済的地位の向上を図ることを主目的とし、且つ、その目的を達するために社会通念上相当と認められる手段による場合に限り、正当な行為として刑法第三十五条の規定の適用を受けるのであるが、如何なる場合においても、暴力の行使は労働組合の正当な行為とはされない……」とする説示等を捉え、原判決は、労働組合法(以下労組法と略称する。)一条二項と憲法二八条との関係について、前者は組合活動を保障する後者に制約を加えた規定であると解釈しているから、その点で憲法二八条および労組法一条二項の解釈を誤ったものであるというのである。しかしながら、原判決はその判文を熟読しても、所論指摘のような解釈に立ったものとは解しがたいのであって、所論違憲の主張、法令違反の主張はいずれも前提を欠き、判例違反の主張も原判示にそわない法令解釈を前提として判例違反を主張するもので、その前提を欠くものである(なお、原判決が、被告人らの行為に対し刑法三五条を適用しなかったのは、所論のように、解釈上国家公務員法九六条一項、九八条一項、一〇一条一項等の諸規定によって労組法一条二項の適用を制限したことによるものでないことは、その判文自体により明らかである。したがって、所論は、原判決理由中の判決に影響を及ぼさない余論を非難するにすぎない。)。

よって、所論はいずれも適法な上告理由に当らない。

被告人らの上告趣意第二点、弁護人大蔵敏彦外四名の上告趣意第五点(弁護人大蔵敏彦、同伊藤公、同松崎勝一の昭和四〇年五月一五日付補充を含む。)について。

所論のうち、憲法三一条違反を主張する点は、結局は、証拠調の請求の採否に関する裁判所の自由裁量権の行使を非難するにすぎず、その他は、いずれも単なる訴訟法違反の主張に帰するものであって、適法な上告理由に当らない。

被告人らの上告趣意第五点、弁護人東城守一外六名の上告趣意第八、九点、同大蔵敏彦外四名の上告趣意第六点(弁護人大蔵敏彦、同伊藤公、同松崎勝一の昭和四〇年五月一五日付補充を含む。)、同小林直人、同小林優、同大久保純一郎の上告趣意補充について。

所論のうち、違憲をいう点は、原判決は、被告人らの行為が組合活動であるゆえをもってことさらに刑の量定を加重したとして、憲法一四条、二八条違反を主張するものであるが、記録を調べても何らそのような事迹は認められないので、違憲の主張は、その前提を欠き、結局、所論はすべて量刑不当の主張に帰し、適法な上告理由に当らない。

ところで、職権をもって、第一審裁判所および原裁判所において取り調べた証拠ならびに訴訟記録全体を通じ、被告人らの刑の量定につき調査するに、前叙のとおり、伊藤局長の側に点検の対象としてとり上げられる点があったこと、それがために同局長が被告人らの来局に不快の念をいだき、本件立入をきらったことなどが推認され、これが立入拒否の一因となったのみならず、その際の同局長の挙動にもあらわれ、ひいては被告人らの本件行動にも反映したものであることが窺われるほか、本件犯行につきその動機・目的および行為の態様その他諸般の情状を綜合して考察すると、本件がいわゆる組合活動に附随して生起した多くの刑事被告事件の中にあって、とくに被告人らに対し重い罪責を問わなければならないほど重大かつ悪質な事案であるとは、とうてい認めがたいのであって、被告人らに対しては、その刑の執行を猶予するのが相当である。原判決の刑の量定は重きにすぎ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるを得ない。

よって、刑訴法四一一条二号により原判決を破棄し、同法四一三条但書によりさらに判決をすることとし、原判決の認定した住居侵入の事実および第一審判決が認定し原判決が是認した暴行および脅迫の事実に法律を適用すると、住居侵入の点は、刑法一三〇条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、暴行および脅迫の点は、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項、刑法二〇八条、二二二条一項、罰金等臨時措置法三条一項二号にそれぞれ該当するところ、右は手段結果の関係にあるから刑法五四条一項後段、一〇条により重い暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の罪の刑に従って処断すべく、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人らを各懲役三月に処し、刑法二五条一項を適用して被告人らに対しいずれもこの裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予し、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により第一審および原審における訴訟費用は全部被告人らに連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

右は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

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